もぬけの殻

 

転勤の関係で、ぼくは今日引っ越しをする。

引っ越しに伴いお別れになる赤いソファー。

なんだか赤いソファーもそんな状況の空気を読んだかのような佇まいだ。

 

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思い出の詰まったこの部屋で、昨日最後の夜を過ごした。

 荷出しの準備も終えてビールを一本グビッと飲む。色々思い出が溢れるかと思ったが、全くそんなことはなく、ただ頭がぱわーと酔っただけであった。

 

思い出が出てこないのは、ビールのせいではない。カーテンや電気カバーなど、部屋から外せるものはどんどん外しているので、いつもの慣れ親しんだ部屋ではないのだ。

 

部屋中に占め尽くされたダンボール。

まるでこの部屋の細胞たちが、お引っ越しに向けて整列をしているようだった。

 

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そして僕だけがまだその事実を受け入れていないような。

時間は止まることはない。

そんな当たり前のことをよくわかってなかったりする。

この住居は外壁だけ残し、住居の世界を生み出しているDNAなのか魂なのか、そんなこの住居の”主”みたいな奴の片鱗の気配に気づいたりする。そいつがそのまま丸ごと動き出してしまうような感じだ。

 

段ボール1つ1つを開けてもその主は見えてこないのだが、確実にそいつはこの段ボールの中に隠れているのだ。

 

 

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引越しの朝は、大雨と晴天が入り混じるへんな天気であった。

そんな朝に最後のランニングをする。

僕の家の前は海であり、相変わらず釣り人達が天気と関係なく釣りを続けている。

 

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段ボールたちも朝の陽ざしをようようと浴びてスタートを待ちわびている。

僕は、哀愁が入る隙間もないスピードの中で、確かに感じていたこの部屋の思い出は結局なんだったのか?その思い出を模索するのだけど、まったく何なのか分からない。

 

悲しいも嬉しいもない。

 

1つ言えるのは、もうこの部屋は僕の住んできた部屋ではない。

蛻の殻を見ているだけなんだ。

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大切なものは失ってから、その大切さに気付くというが、

現状の僕は、なかなか引っ越す事実が頭で理解できていない。

 

でも中身が段ボールの中へ隠れ、もぬけの殻だけが残った部屋。

当たり前にこの部屋でまた目覚める生活があると思っていた僕だが、そうでもないことに気づかされる。

 

すごして”いた”部屋を見せられる感覚、時間の形を目にさせられる。 

 

そこにあるのだが、もう化石になってしまった部屋。

そんな化石になった部屋の中で、置いてけぼりにならぬように動き回る僕がいる。

 

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