小沢健二が筒美京平との日々について、丁寧に綴ったツイートが話題になっている。
作品に対する想いや、人生観、若さゆえの狂熱がその文からヒシヒシと伝わってくるのだ。
筒美京平さんへの追悼として、思い出です。どうしても派手な話(高級車とかワインとかお金とか)が並び、そこだけ切り取られると誤解されるので、抜粋・引用はしないでください。長い全体を、ある私小説、ある鎮魂歌、ある手紙として読んでいただけたら、うれしいです。 pic.twitter.com/AqxxaApsvQ
— Ozawa Kenji 小沢健二 (@iamOzawaKenji) 2020年11月15日
*******************
小沢健二が見ている世界。
高い感受性と、それを古びない言葉や音にする事ができる才能。
多くの人を魅了する力にただただ羨ましく思えてしまうのだが、それ以上にボクがこの文を読んで心を奪われたのは、「自分に素直に向き合う時間」を暮らせていることだ。
*******************
創造力と出会い、その気持ちのままに作品と向き合う時間。
それは1人で没頭するだけでなく、例えば、その時は友人である筒美京平と、自分らが共鳴し合う感覚を探り合うように、語り合う時間を過ごしたりする。
そんな生活を作品とドッチボールさせながら、素直な気持ちを、皮肉な感性を、笑いに変えるユーモアを、4〜5分の音楽に入れ込む時間に…。
音楽と素直に向き合い突きすすむ日々が、はっきりキラリと輝いていて、読んでいて熱くなった。
*******************
こんな小沢健二を自分と置き換えた時、自分では才能があるかないかで、考えてどうしても足が一歩でなくなってしまう。
思い込みでも、勘違いでも、歩み出してそのまま夢中になっていければ…。
そんな夢中になっていた時間がボクにもあった。小沢健二ほど煌びやかなステージではなかったけど、ほんの少しでも、そんな小沢健二と繋がったのではないだろうか。
小沢健二のツイートを見て、朝から大きな恩恵を受けた。とても熱くなる気持ちを思い出させてくれる。
*******************
そんな恩恵を受けているのが、もう1人。
Googleで小沢健二の曲である「それはちょっと」で検索をかけると、1ページ目に友人のスパスパ弦唄(id:supasupa-kouta)の記事が上がってくる。
小沢健二の影響は心であり、アクセス数であり形を変えて、あちこちで小沢健二の強い気持ちが、強い愛が駆け巡っている。
最後までご覧頂きありがとうございます!