父親が倒れたと聞いて。

昨日、久しぶりに母親と電話で話をした。

内容はマスクを送ってもらったのでお礼の連絡から他愛もない会話をした。

 

そういえば父親は元気なのかと聞くと、父親が電話に代わり「6月に大腸炎で出血し倒れた」と笑っていた。

 

 

父親が倒れたと聞いて。

 

 

父親が今まで倒れたという話は一度も聞いていなかった。

言葉にはしなかったが、内心とても驚き心配した。しかも2か月も前の話をなぜ今更いうのか?

心配をかけたくないということで連絡をしなかったと思うが、そんなことされると余計心配になる。

 

 

父親は毎日ビールを5~6本飲む大のアルコール好きだ。

子供の頃からビールを飲む姿しか見ていない。それが僕にとって当たり前の光景であり、大人は麦茶からビールに飲み物が変わるものだと思っていた。

 

今回の大腸の炎症は生活習慣、特にアルコールが原因のようだ。

炎症が発症した6月から7月末まで禁酒をし、炎症が納まったので、またお酒を飲み始めたとのこと。

 

「いやいや、もう酒やめろよ」と当然のようにつっこむが、

「好きなことを止めて生活する方が余計寿命が縮むわ!」と返され、それ以上は何も言わなかった。

 

 

 

 

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電話を切り、ふと親の存在について考える。

 僕は地元を離れ、たまに実家へ帰ると、親の老いをとても感じるようになった。一緒に住んでいたらその些細な変化に気づかなかっただろう。

 

白髪の数や頬の皺、耳が遠くなったり、言葉の詰まり等・・・。

目を背けたくなるが、確実に時間は流れており、ゆっくりと僕は受け入れなければならない。

 

考えたくないが、何か”準備”のような時間が、今の僕に突き付けられているように感じる。誰も言葉にしないけど、むしろ言葉にしてしまったら一気に時間がそれに向かって走ってしまう気がするのだ。

 

息をひそめながら、忘れさせて、また生活を今日も送っていく。

でも早いうちに実家へ顔をだしたい。

 

そんな想いが日本中にたくさん溢れているコロナの中のお盆なんだろう。

 

 

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