本当にしたいことは何なのか

このブログを初めてビジョンについて考えることが多くなった。

将来自分はどうなっていきたいんだろう?

その未来像についてお話していきます。

 

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ただいつもこのビジョンを考えるとその時は明確なこれっ!というものが見つからなかった。はてなブログを始めた当初の手帳を読み返してみると、影響力を持ちたいというとても漠然としたものであった。

 

しかし動くと気づくことがとても多い。

絵が好きであることや、集団で何かしてみたいという自分。

人を楽しませることが好きであったり、事務的なことは嫌いであったり、

誤字に気づいても「まあいいや」と流す大雑把な自分がいたり。

 

そんな動く自分のいる環境に身をさらしていると

 

電子書籍を出したい

絵本を出したい

個展を開きたい

手帳セミナーをしてみたい

 

と未来像が少し見えてくる。

でもこれはオンライン環境に身を置いたから出てきたわけで

別の環境であれば別のビジョンが芽を出していたのだと思う。

 

 

極論火星に住んでいたら、火星での未来ビジョンを僕は描いているはずだ。そう思うと、したいことって「心」から生まれてくるように感じていたが、そうではなく身を置く「環境下」から芽を出すように感じる。

 

環境という土にしたいことの種が埋まっており、その種が育つかは心という水が通うかどうかという目線だ。

 

そうすると気が付くことがある、それは今働いている仕事という環境だ。仕事を初めて6年ぐらいになるが、この種が全然育っていないことに気が付く。仕事が辛いということではない。金銭的な問題でもない。

でも明らかに成長のスピードが遅い。

 

仕事というのは汗水たらし必死で稼ぐものなんだ。と言い聞かされているが果たしてそうなんだろうか。平日は必至で働き、休日にゆっくり休む。こう言い聞かされているがこれが完璧な人間の姿なのだろうか。

 

 

「他社はもっと大変」

「日本は恵まれている、外国はもっときつい」

というその環境に行ったこともないのに聞いた話で決めつけている。

 

そして結果、

「お金を稼ぐというのは大変なこと=だから辛くてもがんばる」理論が神話のように定着している。でもこれって考えることを放棄してしまっている。

考えない方が楽だから分かりやすいものに飛びついてしまってるのだ。

 

ビジョンを見つけるのってとても大変な作業だ。

毎日手帳にしたいこと・計画をかきつづけているがまだまだぼやっとしている。

でもそれでも諦めない。

またここでまわりと同じように流されていたら、このはてなブログを始めて気が付いた多くの大切なメッセージが全て消えていってしまう。

 

必ずこの芽は育て上げる。