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温泉アイドル、「さい」
名言からみるお風呂
「風呂は命の洗濯よ」
これは新世紀エヴァンゲリオンの葛城ミサトが言ったことばであり、諺にある「命の洗濯」の部分の頭に風呂をつけて言ったものだ。
そもそもこの諺である「命の洗濯(いのちのせんたく)」とは、日常の苦労から解放されて、命が延びるほど楽しむという意味である、
また同じような言葉で、「鬼の居ぬ間の洗濯」ということわざもあり、ここでの「洗濯」も、「命の洗濯」のことを意味し、主人や監督者など、気兼ねしたり恐れたりする人がいない間に、十分に寛(くつろ)ぐことを意味している。
「風呂は命の洗濯」ということばは、上のことわざを理解した上で、アレンジ作成したものだと思われる。
そんなアニメでも語られる日本人の心を掴んで離さない「風呂」。ドグマくんもその風呂の魅力にとりつかれ、ある伝説の温泉「さいの湯」に訪れ湯につかった。
さいの湯
ドグマくん
「いい湯だな〜♪いい湯だな〜♪」
さい
「気持ちよかったならよかったです」
ドグマくん
「!?」
どこからともなく声がする。でもそれは心に囁くような声だ。
さい
「お風呂はいいですね。申し遅れました。私は、温泉アイドル、さいです。少々、わたしの"湯ったりトーク"にお付き合いいただけますか?」
ドグマくんは、肩まで湯につかり湯ったりと耳を傾けた。
さいの温泉との出会い
さい
「わたしが温泉の魅力に気づいた話です。その出会いは涙がこみ上げてくるものでした。
わたしは幼稚園年子姉妹のママをしてるのですが育児で毎日を精一杯に過ごしていたある日、両親の計らいで一人で近所の温泉に行かせてもらいました。
ゆっくりと湯船につかり“ふーっ”と息を吐いた時、泣きそうになったのです。
「子ども達は可愛いけど、私、スゴく気を張っていたんだ」
この時、初めて気付きました。
「母親なのに。」という罪悪感と、
「私、よくやってるよね」という肯定感。
二つの思いが私の中で渦巻いていました。
頭の中はそんな状態でも、一人でのんびり出来る時間は心も身体も緩む、とてもリラックス出来る時間でした。
「こんな時間を子どもと一緒に過ごせたら、幸せだなぁ。」
その日から、一人でも子連れでも「温泉に行ったら、思い切り満喫しよう!」と決めたのです。」
さいの想い
さい
「ドグマくん。もっと“自分”を楽しみませんか?私は、温泉を通して“自分”を楽しむことを思い出しました。
子連れ温泉情報を発信してます。温泉情報をきっかけにドグマくんも自分の中から楽しむことを思い出せると思うよ♪
では湯っくり待ってるね」
癒しの声はすっーと消えていった。
ドグマくん
「さっきの声はなんだったんだろう?・・・自分を楽しむ・・・か」
姿も形も見当たらなかった癒しの声がなんなのかわからないが、ドグマくんの心は、すっかりこの温泉で洗濯(選択)されたのであった。
イラストとリンク
イラスト
リンク
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